人間の記憶って限界があるんですよ。
だから、もう細かいことにはリソースを割り振ることができない。
要するに何?
世の中、出版されるビジネス本はどれもhow toもの。
見開きで1トピック、各章の最後にまとめがあり、文章中にはご丁寧にアンダーラインやチェックペンが引かれてたり。
至れり尽くせり。そして要約も簡単。
もう面倒くさいことは嫌なんですね。
でも、面倒くさいことって、楽しいし、面倒なことができる幸せもありますよ。
私が占いにかかわる中で、人間がいかに、全体としての把握を優先しすぎて、特殊な個別事情を無視しがちなのか、いくつかの事例とともに以下で見ていきましょう。
感情弱化バイアス
自分にとっていやな記憶は忘れがちなもの。いい記憶だけで満たされたほうが幸せですものね。
だから、占いにおいて、変にお客さんが呪いをうけてしまっている場合、あえていやな記憶を呼び起こす作業をせざるを得なくなります。
感情弱化バイアスで埋もれた記憶を呼び起こすときは、結構大変です。
一時期、魔法の言葉をあえて言わせることによって、埋もれたものを呼び起こすカウンセリングをしていた心屋仁之助さんのことを思い出します。
ネガティビティ・バイアス
やっぱり、悪事千里といいますからね。
ネガティブな情報のほうが、「人の不幸は蜜の味」、みんな好きですからね。
自然とニュースも悪い話が多くて、しんどくなる人も多いです。
占いにこられるかたも、やっぱりコロナとか地震とか、災害などが起きているときは、問い合わせが多いです。
本当はポジティブなことを中心とした人生のほうが楽しいのに。
自分が置かれている幸せに気づかないことも多いですからね。
もったいないことです。
偏見
偏見、というと一般的過ぎて、というか、意味が広すぎて、普段使いされすぎてしまいますが。
客観的な根拠もなく、ある限定されたものの考え方で、その対象を決めつけることでしょうか。
身体障碍者をチャレンジドといってみたり、そういう方がテレビ番組をやっていたり、美術作品を出したり、いろいろあります。
かつて、ダーウィンの進化論を間違って使う社会学的進化論で、そういう社会の弱者を排除する自然淘汰というひどい偏見が一部であったりしました。
悪気はないんでしょうけど、人間ってほんと怖い側面がありますからね。
ステレオタイプのバイアス
偏見ともつながりますが、いわゆる部落などは、新しくその地区あたりに引っ越す人は、どのエリアがどうとか、知らないものです。
知っている人は、あ~とかなりますが、もう時代は令和ですよ。
そんなこと気にしなくても。
この前、不動産やにいったら、そういう問い合わせには一切答えないって張り紙してありました。
民族や職業、宗教など、面接のときも聞くべきでないこと、聞いてもいいことの線引きがマニュアル化されてます。
いまはいろんなところで、そういうバイアスをはずす努力が社会的にされてますね。
住みよい社会になる、これが重要なのではないかと思います。
潜在的ステレオタイプ
悪意のあるヘイトスピーチなどはどうかと思いますが、本人そのつもりもないのに、偏ったステレオタイプな考え方によって、相手を傷つけることも多々あります。
占いの時も、「あの人のせいで僕は」と訴える方と話すときに、あまり振り子を片方へ振らせないほうがいいですよ、とお伝えしてます。
もしかしたら、あなたの勘違いかもしれない。
今は怒りとともに100%あいつが悪いと思っているかもしれないけれど、ここで「絶対自分は正しいけれどもしものことがあるから」とブレーキしておけば、あとで自分を助けてくれるかもしれませんよ、と。
この心がけって、そうした潜在的なステレオタイプ的考え方が外れたときにもちゃんと正常なお付き合いができるという意味で、とってもおすすめのやりかたなんです。
潜在的連合
潜在的意識ってもっと広くて、まぁそもそも自分が認識できない領域だから、理解することなんて、後で顕在化するまでわかんないですからね。
そういう潜在的に自分がもっていることを明らかにするには、家族はもしかすると適切でないかもしれません。
家族も染まっているかもしれないから。
だから、占い師やらカウンセラーやら、初めてお会いする人にお伝えして、相談する。これが重要と思います。
そうでもしないと、潜在的な態度って顕在化しないと思うんです。
海外では、普通にカウンセラーのところへ行く習慣、ありますよね。
日本では、どうも精神科って悪いイメージがあって、心療内科もそれなりに、というそれこそ偏見があります。
もったいないことです。
カウンセリングもちょっと詐欺ではないか?と疑われることもあるので、結局安めの当たり障りのない占い師のところで気軽に相談するということも多いかも。
全然それでいいと思います。それくらいの気軽さが、本当は占い師だけでなく、プロのカウンセラー、そして心療内科、精神科の先生とも気軽に話せるような世の中であってほしいです。
もちろん、家族や友人、上司とのコミュニケーションもお忘れなく。
たとえバイアスがかかっていようと、近しい人は大事な人です。
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