甲日における寅月と卯月の用神の違い

日記
みぃ~さん
みぃ~さん

私が勉強した甲日の調候用神だと、寅月では丙と癸なんですけど、卯月は庚丁だったんです。

ふぅ~先生
ふぅ~先生

昔からの月支の季節を感じつつ判断する調候用神は、そのまま用神には使いづらいところがあるんですよ。はっきり言って寅も卯も対して変わりません。同じように丙をメインに、サブで癸ということでよいと思います。

よくある間違いですね。まぁ、確かに2月は寒く、3月はちょっと暖かいですけれど、基本的には寅卯は木、木が旺じているわけですから丙でしっかり漏らす必要があります。漏らしそびれて水はだめ。しっかり、月支のパワーが星3つありますから、それに見合うだけの丙が必要です。

卯月だからといって、庚なんか持ってくると、春のまだ若い芽や枝をばっさばっさと刈り取ってしまいます。まだ、甲日の夏月でしたら、虫がつかないように茂りに茂った木の枝を選定するのはありでしょうけど。卯月で庚は早すぎるでしょう。

春は芽吹きますからね、枝もぽきっと折れるようなしっかりした枝ではなく、曲げるとぐにゃっと曲がるような、まだ新緑の若い枝が多いです。ようするに弱いんですね。これにもし根っこを刈り取るような申酉なんかやると、結構まずいですね。

ふぅ~先生
ふぅ~先生

滴天髄でも

「春不容金(春の木は金を容れず)」

といいますし、春の木に庚はご法度なんです。

さらにいうと、甲日なのに、卯月でサブの用神に丁がいいってのも訳が分かりません。

そもそも蝋燭の火と大木は釣り合いません。

そのうえ、庚があるのに丁なんて、蝋燭の火が消えて、あってもなくてもいいものになってしまいます。

ま、きっと寅が陽の木であるのに対して、卯が陰の木だから、丁でも十分釣り合うでしょ、ってはんだんかもしれませんが。

日干ならともかく、月支のことを語っているのに、五行の陰陽を持ち出すとは、なんというか、もうちょっと大自然の摂理を考えたほうがよいとおもいますよ。あまり記号的なものに左右されるのもね。

じゃあ寅月と卯月と全く同じかというと、そうではありません。

やっぱり温かさが違いますから、卯月のほうが丙は2個程度でもいいかもしれません。

とにかく、卯月だからって金をつかっちゃあだめです。

特に地支だと致命的。いわゆる抜根ってやつで、えらそうにしていても責任感ゼロの根無し草になってしまいます。

一見身旺過ぎても、命式の地支に申酉があると、外見は身旺だけれど中身は身弱というちぐはぐな人間になりがちです。

なにより官星が強いですからね。女の子はしっかりしているようで、変な男に引っ掛かるでしょうし、仕事バリバリできる女性で、なぜかだめんず好き、というパターンになりがちでしょう。

これはね、けっして、「木が旺じすぎているから金でばっさばっさと切って、まぁしんどいかもしれないから通関星の癸を入れておく」ということではないんです。

やっぱり、官星や財星で自星のチカラを押さえるというのはよくありません。食傷星にエネルギーを流すのが正解。

ただ、命式でよっぽど丙や巳午未が多いのであれば、ちょっと春を通り過ぎて夏に近いかもしれませんから、まぁ天干に庚くらいは1個あってもありかもしれません。

これは卯月だから夏に近い、というより、命式に木だけでなく火も多いから、夏生まれの用神となる、というだけです。

みぃ~さん
みぃ~さん

え~じゃあなんで卯月だと庚とかいう話になってたんです?

ふぅ~先生
ふぅ~先生

やっぱりね、窮通寶鑑などの話の影響が大きいでしょうね。調候という概念がこの本から発展しましたから。

「卯月の甲木は庚金が所を得れば陽刃架殺と名付ける。」とあって、庚戌で上命とか、

丁火で制殺すれば上々の命とかいうし。

ただ、滴天髄とのバランスを考えると、初夏ならともかく、ちょっと春として卯月の用神に庚というのはいただけません。

いくら名著とはいえ、取捨選択は必要ですよ。

なかなか書籍に書いてあることを否定するのは難しいですけどね。とにかく大枠、コアを滴天髄にして、論理的に考えて、破綻するような解釈はどんどん省くことです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました