易がどうだ、八卦がどうだ、干支がどうだ・・・と

日記

最近、中村天風先生の本を読んで、いろいろ自分自身へ取り込もうとしているところなんですけど、友人に斎藤一人先生好きの人がいて、やれ似ているとか、どうたらこうたら、雑音が多すぎて困ってしまいます。

しまいには、「最近お前は態度が冷たい、さては天風先生の本を読みだしたからだろ」という始末。

知ったことか!

でも、かの天風先生、占いについては結構手厳しく。そうすんなりとは僕自身にとりこませてくれなさそうだ。

「運命を拓く」という本をいま読んでいるところですが・・・

151ページにこのような文言があります。

毎日の人生を神経過敏になり、なんとなく不安な気持ちになり、何事に対しても、安心というものを持って、人生を活きている人が少ないという証拠に、文化の世の中に、いまだに易がどうだ、占いがどうだ、拝み屋がどうだ、八卦がどうだ、干支がどうだ……と、馬鹿馬鹿しく下らないことをいっている者が、なんと多いことか。

「運命を拓く」p151

なるほど、前半はそのとおり。後半もわかります。ただ占い師の端くれとしては、なかなか厳しいお言葉ですね。

結構この文章のあとも同様の趣旨で文言が続きます。

迷信も行き過ぎると確かに問題です。奇門遁甲などによる方違えは、なかなか現実的とはいいがたいものがあります。

こういうと元も子もありませんが、多少イベント的に、自らの決心を新たにするため、結局は自己催眠的効果のほうが高いわけで、それを他力本願で、「これだけ良い日に良い方角の神社にお参り行ったんだから」として、まったく本人が努力しないのでは、本末転倒です。

四柱推命にしても、占い全般に言えますが、人生において重要なことは、まず自分自身でしっかり分析して、専門家の意見をきいたり、資料を調べたりすること。これが肝要です。

そのうえで、どうしても決めかねるとき、背中を押してほしいとき、どちらにでてもリスクがある場合、そういう時に占いを使うべきですし、そのうえで、それに従うかどうかも自身で決めるべきなのです。

ちゃんとした占い師であれば、そこも含めて、適切なアドバイスをしてくれるはずです。

もし変なバイアスをかける占い師がいると流されてしまいますので、防御という意味でも、まずは自信をしっかりさせて、強い心をもって占いを受けるべき。あるいは、占いを「あそび」くらいに思うこと。

「あそび」のはずが、なにかふと琴線に響いて、ひらめきがあるかもしれません。いや、自分である程度突っ込んで考えたうえでの場合は、まず間違いなく、大きな気づきをえること間違いありません。

占いってそんなものだから、大丈夫なんですよ、天風先生~。

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